介護という仕事は、対人援助職の一つであり、利用者や家族と日々接する仕事です。
そして、利用者や家族だけではなく、現場のスタッフとの人間関係も含めるとほとんどの時間を「人」と接する仕事ともいえます。
介護スタッフが思ったように、利用者に理解してもらえなかったり、悲しみや苦しみの中にある利用者と会話していると、介護スタッフ自身の気持ちも落ち込んでしまったという経験は誰しもあるのではないでしょうか。
現場で働かれるスタッフの皆さんの精神状況もいつも良好というわけではありません。
仕事中の人間関係やプライベートでトラブルがあるとどうしても気持ちや表情は暗くなります。
本当は利用者にしっかりとケアをしたいのに、なかなかそのような気持ちになれないこともありますよね。
介護では、上記のように気持ちがなかなか仕事に向かない時であっても利用者には笑顔で対応したりと感情のコントロールが求められます。
介護のように感情のコントロールが求められるような仕事は、「肉体労働」「頭脳労働」に次ぐ「感情労働」と呼ばれています。
今回の記事では、感情労働である介護とどのようにうまく付き合い、精神的ストレスをコントロールできるのかについてお伝えさせてもらいます。
なぜ、介護スタッフは感情労働により精神的ストレスを感じやすいのか?
感情労働における心の負担を、うまくコントロールできないことでもたらされるものを「共感疲労」と呼びます(参考文献①pp24)。
高齢者福祉施設に勤めるスタッフにおいて、「援助者としてのストレス」により共感疲労に陥ると言われています(参考文献①pp35)。
利用者・家族の対応をするときや、職場内の人間関係により、共感疲労を感じる傾向にあります。
今回は「利用者・家族の対応」にポイントを絞ってお伝えさせてもらいます。
利用者の対応
例えば、認知症ケアでは、利用者との意思疎通が難しく、ストレス感じることもあるのではないでしょうか。
認知症がある利用者は、「今自分がどこにいるのか?」「なぜここにいるのか?」ということの理解が難しく、精神的に不安定になられている方もいます。
さらに記憶障害があれば、「なんで私はここにいるの?」「早く家に帰りたい」と何度も同じ言葉を言われる場合もあります。
介護スタッフが説明したとしても、利用者からの理解が得られず、対応に困ることもあります。
つまり、認知症ケアというスキルが不足している状態で「利用者の対応」をすることでストレスを感じるのです。
家族の対応
利用者の意向と家族の意向が違うことを経験されている介護スタッフの方々は多くいらっしゃるのではないでしょうか。
利用者は「家に帰りたい」という希望があるが、家族は「介護施設に入所して欲しい」ということはよくあります。
利用者と家族の間で板挟みに合ってしまうと、現場スタッフは、「どうすればいいんだ」とストレスを感じます。
また、家族の中には、現場スタッフに対して、「絶対トイレで排泄させて欲しい」「絶対に転倒をさせて欲しくない」などの要望を仰る方もいます。
このように、家族から難しい(時には不可能な)要望を言われるとストレスに感じるでしょう。
現場スタッフは日々の感情労働で共感疲労に陥りやすい環境で働いていると言えます。
では、どうすればいいのか。
一つの答えが「ワークエンゲージメント」を高めることです。
共感疲労を防ぎ、働きがいをもちながら働くためにできることとは?
共感疲労の対極的な言葉として「ワークエンゲージメント」があります。
ワークエンゲージメントを簡単な言葉で表現すると「働きがい」であり、仕事に積極的に向かい活力を得ている状態です。
ここからは、ワークエンゲージメントを高めるために、「個人としてできること」と「法人として取り組むこと」の二つに分けて説明します。
利用者に対して、良い体験を提供し、仕事の喜びを感じれるかどうかがワークエンゲージメントに影響します。
そのためには、課題を客観視して、課題解決に導くことが必要です。
例えば認知症がある利用者で、「早く家に帰りたい」という要望を持たれている方だとします。
家に帰りたいに対して、
「今は帰ることができないから、明日にしませんか?」
「雨が降っているから、今は外に出れないんですよ」
「迎えの人が来ないから今日は難しいかもしれませんね」
などと、帰れない原因を意図的に作るような対応はよくあるのではないでしょうか。
しかし、本当に家に帰りたくて、家に帰りたいと言っているのかを考える必要があります。
上図は、利用者の「家に帰りたい」という表現の原因とそれに伴う悪影響の関係図です。
原因としては、「認知症の中核症状」と「不安」に大きく分けることができます。
また、スタッフが丁寧な対応ができなくなることで、さらに不安を増強してしまい、悪影響だった要因が原因にもなっていることがわかると思います。
これをさらにICFを用いて、構造化してみましょう。
心身機能/身体構造の認知症の中核症状にあたる部分の改善は、もしかすると難しいかもしれません。
介護スタッフや介護事業所は、利用者からすると、本人を取り巻く人やサービスなので、「環境因子」にあたります(上図、右側)。
職場の環境やスタッフの対応などの、環境因子の改善をすることで、余力が生まれ利用者に丁寧な対応ができるようになると、不安を軽減させることは可能です。
つまり、介護事業所の業務改善をすることで、認知症のケアにもつながるということです。
より良いケアへつなげるための業務改善に取り組みたい方はこちら
また、利用者が介護事業所などの場で、料理や掃除といった何かしらの作業を通すことで役割を担えるでしょう(上図、左上)。
その場において、役割を担うことができれば「ここにいてもいいんだ」と利用者は居場所と感じることができます。
上図のように、課題と感じていることを客観視して構造化させることができれば、何から取り組めば良いかが明確になり課題解決に近づきます。
課題を解決に導く確率が高まると、利用者や組織に良い影響を与えることにつながり、働きがいに直結するでしょう。
また、課題の構造化は、課題解決に寄与するだけではありません。
論理的に分析するため、現場スタッフの感情から課題を切り離して考えることになります。
感情と課題を切り離せると、心理的ストレスも軽減されて、共感疲労の軽減にも繋がるでしょう。
法人として取り組むこと
認知症ケアを例にワークエンゲージメントを高めるために「個人でできること」をお伝えしました。
上記のように課題解決に導くためには、「認知症の理解・ICFの理解・論理的思考力」などが必要となります。
法人は、課題解決に導くような、より良いケア(足し算)をしていくためにやるべき役割があります。
それは、現場スタッフが精神的にも時間的にもゆとりを持てるような業務改善(引き算)です。
良いケアを生み出すための土台作りとも言えます。
もしも法人内のみで取り組むことが難しいのなら、外部の協力を得ながら推進していくことも選択肢の一つではないでしょうか。
上記のような、現場スタッフに余力を生み出す業務改善(引き算)をした上で、現場スタッフがワークエンゲージメントを高めることができるように、「人材育成」を戦略を立てて実行していく必要があります。
①人材育成する目的を明確にする
②目的に合わせて、何を育成するのかを決定する
③人材育成にかける予算と時間を確保する
④実際に人材育成プログラムを現場スタッフに受けてもらう
⑤人材育成プログラムの内容を活かせるように、現場環境を整える
⑥実際に現場スタッフが学んだスキルを利用者へ提供する
法人として、現場スタッフが利用者に対して成果を出せるように、バックアップすることができれば、現場スタッフのワークエンゲージメントは高まり共感疲労を軽減させることにつながります。
これは一朝一夕でできることではありません。
粘り強く時には失敗をしながらチャレンジを繰り返していく必要があります。
ぜひ、最後まで諦めず希望を持って取り組んでいきましょう。
参考文献
①松田ら,高齢者介護福祉従事者のストレスマネジメント―支援者支援の観点にもとづく対人援助職の離職防止とキャリア形成
さらに学びたい方へ
- ICFを使って良いケアにチャレンジしたい方はこちら
- 利用者をウェルビーイングへ導くICFの活用方法についてはこちら
- 自立支援を実践できる人材になりたい方はこちら
プロフィール
橋本康太(ケアワーカー/理学療法士)
所属 TRAPE インターン、某社会福祉法人
TRAPEにて介護事業所における組織開発や人材開発を学びながら、自身でも介護事業所の設立に向けて準備中。