介護事業所において、利用者の転倒は避けては通ることはできません。
この記事を読んでいる皆さんも、転倒に関することで悩まれた経験が一度はあるのではないでしょうか。
転倒予防をするといっても、実は多角的な視点でアセスメントしていくことが必要です。
今回の記事では、転倒の何を予防する必要があるのか、具体的にどのような方法はあるのかをお伝えしていきます。
転倒について
介護が必要となる原因でも、認知症、脳卒中、高齢による衰弱に次いで、第4位となっています(参考文献①)。
転倒をすると、骨折にも繋がりやすく、日常生活活動(以下、ADL)にも影響を及ぼすことが多々あります。
また一度転倒してしまうと、転倒恐怖感を感じ、普段の活動量も低下していくことも想像できます。
利用者のウェルビーングを保つためにも、できる限り転倒を防ぐことは重要です。
転倒する原因として、利用者自身の能力の問題だと考えることが多いのではないでしょうか。
そのような解釈をすると「転倒予防のために運動が大切だ」と結論づけてしまいます。
利用者の能力も重要ですが、なぜ転倒が起きているのかを俯瞰して分析する必要があります。
転倒に関する因果関係を整理
下図では、転倒がどのように起きていて、どのような悪影響が及ぶのかを簡単に整理しています。
悪影響について
転倒にとって、利用者が骨折や怪我をすると、歩くことが難しくなったり、トイレに行きにくくなったりとADL能力が低下します。
ADL低下が起こると、生活不活発となり、活動量が低下することを引き起こします(生活不活発・活動量低下によるADL低下もありうる)。
そうすると、利用者の筋力低下やバランス能力低下に拍車を掛け、さらに転倒しやすくなるという悪循環に陥ります。
自宅での生活が難しくなると、現在の生活様式が一変してしまうこともあります。
つまり、転倒によって利用者はウェルビーングな生活を送ることが難しくなる可能性があるということです。
利用者が転倒すると、家族様の中には「これからどのように生活していけばいいのか」と不安に感じられる方もいます。
家族の不安が大きくなれば、「しっかり転倒対策はできていたのか?」と指摘をいただくこともあるのではないでしょうか。
原因について
転倒の原因には、利用者自身による影響が強い場合と介護事業所などの環境による側面が強い場合があります。
しかし、利用者自身による影響も環境による影響も双方に関連しているので、対策を講じる時には注意が必要です。
介護事業所においては、見守り不足という「人的環境要因」や介護事業所のハード面に関する「物理的環境要因」によって、利用者の転倒につながります。
また見守り不足には、様々な原因があることが上図から理解することができるのではないでしょうか。
転倒の何を予防すべきか?
なぜ、転倒を予防することが必要なのかを批判的に考えてみることが大切です。
日々の生活をしていれば、転倒のリスクをゼロにすることは難しいですよね。
本当に転倒ゼロを目指すならば、座った状態やベッドに寝ている状態しかないはずです。
いかに活動をさせないかという視点になってしまいます。
このようなケアが本当に良いケアとなるのでしょうか。
では何を転倒の何を予防すべきなのでしょうか。
転倒による「悪影響」を予防することが重要なのです。
上図で示した因果関係で説明すると、転倒による悪影響は利用者の骨折や怪我による「ADL低下」「家族の不安」「介護事業所に対する指摘」です。
何を予防すべきかを明確な軸を持って転倒予防に取り組むことが必要となります。
現場で転倒予防を実践をするために
ここからは、「ADL低下」「家族の不安」「介護事業所に対する指摘」などの転倒から生じる悪影響を防ぐためにどのようなことができるかについてみていきましょう。
上図は因果関係図から転倒予防として対策すべき内容を①〜⑥にグループ分けにしたものです。
グループ分けの内容に沿って解説していきます。
利用者のADL低下を予防するためにできること
転倒をゼロにするために転倒予防するのではなく、利用者の骨折や怪我によるADL低下を防ぐために転倒を予防するという意識が大切です。
この悪影響を予防するためには利用者ができる限り転倒をしない取り組みをしていくことが重要です。
①「利用者個人」の影響
介護事業所で行う機能訓練の時間だけではなく、日常的にどれだけ活動量を確保できているかを重視することが必要です。
歩くことができる利用者なのに、車いすを使用していませんか?
服の更衣が自分でできる利用者なのに、介助をしていませんか?
まずは日々のケアを思い返してみてください。
過介助になっているところを見直し、日々の生活で利用者が少しでも活動量を高めることができるようにチャレンジしてみましょう。
②「業務」による影響
利用者の転倒やヒヤッとすることが続いているなら、業務全体の見直しをすることも必要です。
転倒やヒヤッとすることが、どのような時に起こっているのかを分析していくことで解決できることもあります。
参考文献③より引用
上図は介護老人保険施設で利用者が転倒した時間帯に関するものです。
最も転倒が多い時間帯は14-16時となっています。
また、職員1人あたりの利用者数は6.0人です。
14-16時は、食後で食堂から各居室へ移動する時間帯の可能性があります。
もし、皆さんの事業所でも同じような時間帯で転倒が起きているなら、業務を整理してみることは必要かもしれません。
まずはどのような業務があるのかを洗い出すことから始めてみてください。
洗い出したら、どの業務の時に見守りが手薄になるのか、業務に対してスタッフの役割は明確になっているのか確認すると解決のヒントが得られるかもしれません。
業務改善は地道で時間がかかる作業ではありますが、根気よくチャレンジしてみましょう。
③「コミュニケーション」による影響
利用者の転倒リスクに関するアセスメントができたとしても、チームで共有しなければ意味がありません。
1人のスタッフだけが転倒リスクを把握していても、他のスタッフに伝わっていなければ、見守りをしようという意識も薄くなります。
日々の業務を行いながら、「〇〇さんの歩き出しには注意しましょうね」、「午前中はふらつきが多いから注意しましょうね」と頻回にコミュニケーションをすることが必要です。
また、一度共有したから大丈夫というわけでもありません。
ヒヤッとする場面に出くわしたら、そのままにするのではなく、「なぜ、そのようなケアをしたのか」とスタッフの思いを聞きながら共有を図っていくことも大切です。
④「教育」の影響
まずは対象となる利用者が転倒リスクが高いのか低いのかを把握することが重要です。
「歩くときにふらつきがあるな」「足の上がりが悪いな」などと主観的に転倒リスクをアセスメントすることが多いのではないでしょうか。
主観的なアセスメントだけでなく、他のスタッフと意識の乖離を防ぐために、客観的なアセスメントも同時に行うことが大切です。
参考文献②を一部改編
上図は、Fall Risk Indexという転倒リスクを数値化させる評価指標です。
合計得点が7点を超えると、転倒リスクが高まるとされています。
転倒リスクを簡便に把握するために、利用者・家族との契約時や初回利用時などに活用してみるといいかもしれません。
点数の結果が全てではないですが、チーム内で利用者の転倒リスクを共有するための一つのツールとして参考になると思います。
⑤「物理的環境」による影響
利用者の転倒を防ぐためには、介護事業所内の環境も重要です。
1人のフタッフで見守れる利用者には限界があります。
そのため、環境の力を活用する視点が必要です。
転倒リスクを軽減させながら自立支援にもつながるため、ケアの幅が広がります。
介護事業所はバリアフリー環境のことが多く、空間が広くとられていることが多いのではないでしょうか。
車いすの介助には適しているのですが、歩行が不安定な利用者では転倒リスクを高めることになります。
「ワンステップ・ワンハンド」歩いている利用者が、手の届く範囲にテーブルや椅子などの家具のレイアウトを変えることで、家具が手すりの役割を担うこともできます。
利用者がどのように介護事業所内を移動するかをイメージしながら、柔軟にレイアウトを変えてみるのもいいかもしれません。
家族の不安や介護事業所に対する指摘を予防するためにできること
介護事業所と家族との間で考え方や思いのミスマッチを防ぐことが重要です。
なぜこの介護サービスを使うのか、なぜこの介護事業所を選択したのかというストーリーを共有することが大切となります。
⑥家族との信頼関係
介護保険サービスを始めて使う家族であれば、介護サービスとはどのようなものなのかの想像がつきません。
突然のことで、なぜ介護サービスを使う必要があるのかを十分に理解できなままサービス利用開始に至っている家族も多いはずです。
家族の中には、介護は安心安全が一番で「転倒させてはならない」という思いを持たれている方もいます。
転倒はよくないことですが、転倒のリスクをゼロにすることと、自立支援を促すことは相反します。
「自立支援を促したい介護事業所」と「安心安全を望む家族」という対立構造のまま、転倒が起きてしまうと、指摘につながりかねません。
契約の時には、「介護事業所側は何を大切にして介護サービスを提供しているのか」「家族は介護サービスを使ってどのような状況を生み出したいのか」時間がかかったとしても、双方の考え方や思いを丁寧に共有をしておくことが重要です。
しかし、契約時のみ共有するのでは不十分です。
家族の気持ちも利用者の状況も時間が経過する中で変わっていきます。
日々のケアの中で、利用者の状態を伝えながら、家族の思いを確認し続けていくために「対話」が必要です。
さいごに
転倒予防とは転倒をゼロにすることではありません。
また、転倒の悪影響を予防するための施策は多岐に渡ります。
みなさんが勤務している介護事業所の状況に合わせて、①〜⑥のグループ分けを参考に実践してみてくださいね。
参考文献
③長谷川大悟(2016),介護老人保健施設入所者の転倒発生状況 ―移動手段に着目して―,日本転倒予防学会誌 Vol.2 No.3:23-32
さらに学びたい方へ
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プロフィール
橋本康太(ケアワーカー/理学療法士)
所属 TRAPE インターン、某社会福祉法人
TRAPEにて介護事業所における組織開発や人材開発を学びながら、自身でも介護事業所の設立に向けて準備中。